2017/02/22

庭にはたぶん宗派みたいなものがある


「素敵なナチュラルガーデン 雑木と山野草でつくる庭」
母が本屋でセールになってたから。といって、
買ってきてくれました。
雑木の庭と、山野草や洋風の植物のミックス。みたいな感じの庭が並んでます。

これだ!みたいな気分になった一冊。

どんな庭にしたいかってと言葉にするのは難しくて。

バラだけじゃなくて、いろんな木がちゃんと植わっててほしくて。かといって、雑木だけで花がない渋い感じの庭も別に求めてなくって。ある程度ちゃらちゃらしたミーハーな感じもほしいし・・・。
でも、バラとデルフィニュームと天使の像、レースのカーテンにシャビーなコモノ。とかそーいう雑誌に載ってるよなガーデンっぽいのでもなくって・・・。

じゃあどんなんよ!あんまり見た事ないよ!・・・っていう自分の中のもやもやを結構解決してくれた一冊でした。

とはいえ、山草なんてうちの炎天下庭では絶対無理なので。何か置き換えないとダメなわけですが・・・
本の中のお庭は、立体的に作っているのがやっぱりうらやましいなぁ・・・。

あと。例えばこの表紙のお庭。落葉樹と宿根草メインなので。冬は、ほんっとに丸坊主になるんですね。その姿を本で拝めるのもすごいなと思いました。普通、ピーク時の美しい写真しか載せなくないですか?そうでもないのか。
落葉樹ばかりで作るのは素敵ですが、我が家には適していないなと思った点です。


もう一冊、こちらは自分で買ったやつ。
Garden&Garden 2017年 03 月号

コモノ使い・・・ってところでちょっと違いました。。

これは決して、批判じゃないんですけど。
小物使いのお庭って人の家で見ている分にはカワイイなーとか思うんですけど。
自分の庭に導入しようとは思わないんですよね。。
なんかあんまりリラックスできない。

コモノって要は鳥かごとかが車輪が庭に転がってたり、どこにもいけない妖精さんのドアがあるようなタイプの庭の話してます。
必要じゃないものがそこにある違和感がどうしても拭えなくて。庭教の宗派でいうと、おとぎの国の庭を創る派?みたいな感じ。この雑誌の表紙の家もそう。

そもそも庭ってものは人工的に状態をつくりだしているわけで、箱庭的なワザトラシサ前提なわけなんですけど。色々そこには宗派があるような。

私は私の祖父の家。自分が小さい時に見た光景に憧れがあるんです。刷り込みみたいなもんかもしれないです。


これはもう朽ちた後の姿ですが、
祖父はこうやって納屋の壁に庭道具をぶらさげてました。
このときにはもうないけど、実用的ーなシャベルやつるはしなど。

オシャレ感ゼロ。でもリアル。




物置のドアに絡まるツタや、
シャビーなドアも実際に本当になるとこんなかんじ。

あんまり「かわいすぎる」と現実味を失うって私は感じてます。

私は「必然性」と表現しているけれど、そこがどうしても譲れません。

母は庭にアーチをたてようというんですけど、でも、私は必然性が気になって・・・。アーチがないとならない場所じゃないと。
なーんか、バラを伝わせるだけのために庭の真ん中にアーチ立てるのは、やだなぁなんて思っちゃうんですよね。言うなら、アーチが「あるべき」ところにうっかりと、バラが巻きついてるわ。みたいな感じが理想。

と。私の場合、頭でっかちに考えるばっかりで、ちっとも庭が運動場状態なまま先に進みません。

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